2019.08.01

地域食材生産者インタビュー/矢野農園

梨作りへの飽くなき挑戦

埼玉県のオリジナルブランドである彩玉は、市場に登場してまだ14年ほどの新しい品種の梨だ。おいしくて人々に喜んでもらえる梨作りを目指す、埼玉県農業技術研究センターの島田智人さんと、矢野農園の矢野学さんに話を聞いた。

21年かけて生まれた埼玉県初のブランド梨

 盆を過ぎたあたりから埼玉県内のスーパーなどで、ひときわ大きく甘い梨が出回る。彩玉は、埼玉県内でしか栽培されていない、県のオリジナルブランド梨だ。久喜市は梨の栽培が盛んで、埼玉県内での生産量は1位。彩玉も多く栽培されている。
 彩玉は、久喜市にある埼玉県農業技術研究センターで生まれた。育種が始まったのは、1984(昭和59)年。大玉の梨である新高に豊水を交配して作られた。

「1つの品種を作るのに、1千粒もの種をまかなければなりません」と話すのは、同センターの久喜試験場果樹研究の専門研究員である島田智人さんだ。そのためには広い畑が必要であり、実を 結ぶまで時間もかかる。さらに必ずしもおいしくできるわけではない。場所も時間も、そして根気も必要とする作業だ。
 埼玉県は当時、千葉県と梨の収穫高で双璧を成していた。「差をつけるためにも、農家の皆さんから、埼玉県オリジナル品種の梨がほしいとの声が多く寄せられたのです。そこで当センターで育種を始めました」と、島田さんは続ける。
 種ができたのは2002(平成14)年。「前任者が種をまき、それを受け継いで18年かかりました」。国の品種登録がされたのはそれから3年後だ。梨の名前は公募で、彩の国さいたまのキャッチフレーズにちなみ、彩玉と付けられた。
 彩玉は、ものによっては1キログラムを超える大玉種。味は繊細で幸水より1度以上甘く、汁気もたっぷり。収穫量も幸水の1・5倍と大成功だった。
 「誰にでも、おいしいねと言ってもらえる品種を作れました。研究者人生でトップクラスに入る嬉しい出来事です」と、島田さんは笑顔を見せる。
 今の課題は、収穫時期の調整だという。現在、同センターで彩玉の収穫を、現在の8月中旬から7月に早められないかと研究を続けている。

家業の梨園を継ぎ新しい農業技術を取り入れる

島田さんと相談しながら、久喜市で彩玉を育てている梨農家の一人が、矢野農園を営む矢野学さんだ。  矢野さんは代々続いた農家の8代目。自身は農家になるつもりはなく、流通販売の仕事に就いて休日だけ家業を手伝っていた。
そのうち自分の仕事の観点から家業を見るようになり、自宅販売の形態を改良すれば、利益率もよくなるのではと思い始める。
次第に、自分のアイデアを試してみたくなり、16年前に家業を継いだ。
 最初の頃は、これまでのやり方にならった梨作りをしてきたが、徐々に新しい試みを取り入れはじめた。まず30アールの土地で、幸水と豊水を栽培していたのを少しずつ増やした。4、5年目には3倍の90アールの土地に幸水、豊水、彩玉、新高など7種類を栽培した。
 この時、助けとなったのが、ジョイント栽培という農業技術だ。ジョイント栽培とは、木の根に近い部分に、枝の先端を接木する方法だ。梨を1列に植え、育って1年目の苗木をL字型に曲げて隣りの木の幹へ伸ばす。枝先が幹に接するようになったら、そこを切開して接木をする。
 こうすると、通常は栄養の行き渡りにくい枝先に根からの栄養が届くので、先端部でもおいしい実ができる。また、味が均一化し、果樹の実りも早くなる。枝が曲がっているので手も届きやすく、収穫作業時間は3分の2ほどに短縮されるなど、利点はいくつもあった。
 矢野さんは島田さんと相談しながら、埼玉県の梨農家で最初にジョイント栽培を始めた。このとき試したのが、彩玉だったという。新しい技術、新しい品種に最初はさまざまな声もあったが、現在では県内30軒あまりの梨農家でジョイント栽培を実践しており、新技術導入の先駆けとなった

彩玉などの農産物を使い六次産業へ積極的に取り組む

次に矢野さんは、自宅での販売形態を大きく変えた。以前は、直販で売り切れなかった梨は契約しているスーパーへ卸していた。「18時まで農園内で販売し、残ったものは袋詰めしてスーパーを回ります。翌日は朝5時に起きて収穫。これが2カ月続いたときは、さすがにこのやり方では続けられないと思いました」。  ここで流通販売業に携わった経験が生きた。まず自宅敷地内に直売用の店舗を作るため、入り口にあった松を切って敷地に入りやすくし、駐車場も確保した。外には看板を出し、近所にチラシをまく。パートの店員たちには接客のノウハウを教え、気づいた点を翌朝の朝礼で報告しあうなどして人の育成に力を入れた。
 この改善で、以前は300から400人だった客数が、現在は1600人までに増加したという。客の増加は、オリジナル商品の影響もある。矢野さんの農園ではいちごも生産しているので、梨といちごを使ったオリジナルアイスを作ったのだ。これが集客の後押しをした。
 さらに昨年の夏からは、農家仲間たちと考えて作った、彩玉を使ったサイダーの販売も始めた。


「いまは、近所のケーキ店と、新しい商品を考えている最中です」。どうしたら久喜の梨をもっと食べてもらえるか、喜んでもらえるかをずっと考えているという矢野さん。継ぐつもりのなかった農業が、いまは楽しくて仕方ないと笑った。
 夏になり、これから梨の旬がめぐってくる。久喜市で生まれた埼玉ブランドの実を、今年も存分に味わってほしい。


矢野農園
住所:埼玉県久喜市中妻259

TEL:0480-59-5556

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